総幼研の教育活動は、脳力を育むダイナミックな創造経験。どの子もいきいきと意欲をもってこの教育に取り組んでいます。しかし、これまでの常識から見れば、この特長ある教育は時として疑問が生まれることもあります。
総幼研のエッセンスは、まず誤解なく、その理念と方法を理解して頂くこと。ここでは比較的よく寄せられるご質問お答えしながら、総幼研の考え方についてわかりやすくご紹介します。
(さらに詳しくは、関連図書などをご参照下さい。)
子どもと先生のゆたかな信頼関係!
先生と子どものコミュニケーションは、けっして一対一で行われるだけではありません。むしろ、コミュニケーションの
基礎となる信頼関係は、お互いの心地よい緊張感あふれる日課活動において育てられるもの。
集団でかかわりあうがゆえに、快適なリズムやテンポ、活力といったものが高まってゆきます。
そこで養われたコミュニケーションの密度は、さらに高くなって、たとえば自由あそびの時間、先生はつとめて多くの子
どもひとりひとりにことばを交わす、といった配慮がなされています。
もちろん、何かの課題活動中も、たとえばプリントや日記などの際に、個人の発達度や心理状態などを敏感にキャッチすることもできます。先生と子どもの関係は、要は信頼関係。総幼研で育まれた信頼の絆は、その子にとって、生涯を貫く人間性への信頼へとつながっていきます。
深広の根っこを育む総幼研教育!
総幼研教育の目的は、けっして「できる・わかる」ではありません。あくまでそれは結果のひとつであって、できる・わ
かるといういわば知識や技能を身に付けるためでなく、本性としての感覚強化、すなわち人間性そのものの教育を目指しています。子どもができる、わかる、ということにこだわるのは、子ども当人ではなく、私たち周りの大人の先入観です。その大人の評価が、できる子をうぬぼれさせ、できない子を卑下させるのです。
私たち総幼研の教育は、できる・できないという枝葉を見るのでなく、将来美しい花を咲かせるであろう、太い根っこの育ちにつながる基礎教育に精進しているのです。
幼児の遊びこそ、人間のよろこび!
一般に、子どもにとって遊びが大切だとされているわけは、遊びによって子ども自身が自己表現のよろこびを体感し、自らの行動をよりよき方向へ自発的に変えていくという発達が保証されているからです。ですから、遊びは戸外で、自由に、というような限界があってはなりません。
「幼い子どもたちは、自由のびのびでなければ自発的に喜んで行動しないのではないか」というような大人の固定観念が、逆に幼児の遊びの本質を見誤らせているといえましょう。
子どもの遊びは「自由奔放で野放図であること」ではありません。むしろ、子どもたちの主体的かかわりということに力点を置けば、総幼研のあらゆる教育活動、生活習慣、すべてが遊びのよろこびにあふれています。幼児の遊びとは、人間であることのよろこびに他なりません。
しつづけて、人間を育てることが、子育ての基本。
生活習慣のしつけとは、文字通り「しつづける」、生活を通して習い慣れるということでもあります。それには親の日常の生活様式や態度が、大きな模範となるでしょう。「習う」とは真似る、くりかえして行う、熟練するという意味が、また「慣れる」とは珍しくなくなる、ほどよくなる、上達するという意味があります。継続は力であり、子育てもまずすべからく真似て、くりかえして、継続して行うこと。これが幼児教育の人間形成を目指す第一の課題です。総幼研もまったく同じ原理です。
この原理は、いわゆる幼児の「学習」についても、まったく同じであって、目的は人間形成そのもので、文字が書ける、計算ができるというような「早期教育」とはまったく次元が異なるものであることをよくご理解ください。
子育ての基本は、いわゆる学習活動も含め「しつけの原理」、すなわちくりかえしと親子の結びつきの原理にあります。