脳のデータから
見えてくる
よりよい子どもの
育てかた。

2017年10月公開

東北大学加齢医学研究所教授
瀧靖之先生に聞く

瀧靖之先生は、東北大学病院加齢医学科長として画像診断に携わりながら、のべ16万人にもおよぶ脳のMRI画像を用いたデータベースを作成し、認知症や加齢に関する脳のメカニズムを研究されています。2007年より「人はどうやって夢を持ち、楽しく生きていけるのか」ということを明らかにするため、子どもの脳発達についても調査・研究をスタート。詳細なデータによる解析は、いくつもの脳の真実を見出す結果につながりました。そこから得た知見は、幼児教育の現場でも参考になることばかりです。
そんな瀧先生に、脳の発達のしくみと子どもたちの成長についてお話を伺いました。子どもたちそれぞれの能力を発揮させるには、どんなことが大事なのでしょうか。

瀧先生は、認知症の研究を続けながら、子どもたちの脳の成長も研究されていますね。なぜ、子どもたちの脳発達に注目されたのでしょうか。

わたしは医師として東北大学加齢医学研究所で認知症の研究をしていますが、それとは別に、ずっと興味を持っていたことがありました。それは「どうしたら人は自分の夢を叶えられたり、能力を伸ばすことができるのだろうか」ということです。

そのため昔から、「人の成長過程を知りたい」という気持ちが強く、まわりの人たち、なかでも自分が所属する医学部にいる人々を中心に「小さな頃から何をやってきたのか」「どんなふうに成長してきたか」などの話を聞いてきました。

いろんな人に話を聞くなかで分かってきたのですが、夢を持っている人って実はあまりいない。「夢はありますか?」と必ず聞くようにしていたのですが「あります」と答える人は少数でした。医者は人の役に立てる仕事ですし社会的地位もあるのですが、夢を持っている人は意外に少なかったのです。 

ところが、大学内で産学連携活動を増やしていくと、全く違う人たちに出会うようになりました。経営者や技術者など職種はばらばらなのですが、みんな夢を持っていて、いきいきと輝いているのですね。とても楽しそうに人生を送っているのです。そんなこともあり「この違いはどこにあるのだろう」「夢を持つには脳のどんな能力が必要で、そのためにどんなことをすればいいのだろう」と、考えるようになりました。そこで認知症の研究がある程度固まった2007年から、2つ目のテーマとして脳の発達を研究しはじめたのです。

まず仙台市の協力を得て、子どもたちの脳のMRIを撮り、データを収集しました。こうすることでいろんなことが見えてきます。例えば、それまでは子どもの脳がどういうふうに発達するのかがまだよく分かっていなかったのですが、データを解析していくと、脳の前から後ろに向かって発達がすすむことが分かりました。人類の進化の過程で後から獲得したものは、個人の成長でも、後から発達すると言われていますが、脳の中も同じです。例えば、見ることや聞くことといった原始的な領域は最初のほうに発達しますし、社会性やコミュニケーション能力、想像力などの領域は後になってから発達する、ということも分かりました。

われわれの脳はまず最初に道をたくさんつくるのです。脳のなかにネットワークをたくさん張る。一般道路をつくる感じですね。何のためかというと環境適応性をあげるためだと考えられています。どんな世界に生まれてもそこで成長できるように、道をたくさんつくることでいかなる環境にも順応できるよう備えるのですね。しかし、たくさんつくると今度は維持費がかかってしまう。非常に多くのエネルギーを使わねばなりません。そこで今度は使わない道を壊し、使う道は逆に電気信号が早く達するものに変化させていく。いわば高速道路にしていくわけで、これを脳の髄鞘化(ずいしょうか)といいます。あるときまでは環境適応性に対処し、次は情報エネルギー化をはかるわけです。

このなかで環境適応化の時期というのが0歳から小学校にあがるまでの幼児期なのです。成長にあわせて段階的に脳のいろいろな分野が発達していくのですが、発達する時期に合わせて刺激を与えれば、それぞれの分野が司っている能力が伸びる。つまり、何歳ぐらいで運動を始めるといいか、何歳ぐらいで英語をやったらいいかというのが、脳の発達を記録したデータから見えてくるということなのです。

脳の発達にあわせて教育すると、うまく能力を延ばすことができるのですね。具体的にはどんなデータだったのでしょうか。

生まれてすぐの脳が発達するのは、極めて原始的な領域です。ものを見たり聞いたり、また嗅覚や触覚といった五感の部分が発達します。この時期に何が重要かというと、保護者と子どもたちの「愛着形成」。つまり抱きしめるというスキンシップです。この時期にお父さんお母さんといった保護者の声やぬくもりにたっぷり触れることで、精神的に安定すると言われています。もちろんすべての保護者が朝から夜までできるわけがありませんし、両親が働いている家も多いでしょう。一日中でなくても大丈夫ですが、子どもと一緒にいるときは心がけてあげるといいと思いますね。

さらに生後半年〜1歳くらいになってくると、だんだん母国語を学びはじめます。正確な時期は判明していませんが、およそ1歳ぐらいから読み聞かせをすると子どもたちの言葉がすごく伸びると言われています。このときも膝に乗せるなど密着して読み聞かせすると、情緒の安定もはかれますね。だんだんまわりに興味をもちはじめ、知的好奇心が育まれる時期でもあります。

そして3歳〜5歳くらい、ちょうど幼稚園に通う年齢は、運動野と呼ばれる領域が発達のピークを迎え、運動能力が形成されます。歌ったり踊ったり楽器演奏をしたりと音楽的なことも運動能力の一部です。スポーツ選手はもちろんのことプロの演奏家などでこの時期から英才教育を受ける人がいますが、理にかなっているといえますね。とはいえ、この頃から専門的な訓練をする必要はありません。大事なのは、思いきり身体を動かして遊ぶことです。

総合幼児教育研究会では「動きとことばとリズム」を基調に適切な経験を与えることを大事にされていますが、それは実に脳の発達に則した教育だと思いますね。わたしたちが画像データを集めて研究するまで科学的に立証されたわけではなかったのですが、経験から構築された教育のやり方が、脳科学的にもたいへん理にかなっていて、本当にすごいなと驚いているのですよ。

ちなみに第2言語の獲得に適した時期は8歳〜10歳。リスニングとスピーキング能力がぐんと伸びる時期なので少しずつ英語を聞かせてあげるのが良いですね。英語の読み書きはもっと後、母国語を習得し終わり論理的思考ができるようになってからでも遅くはありません。

そして最後に前頭前野が発達します。ここは社会性、コミュニケーションに関わる重要な領域ですね。ここで大事なのは、この時期を活かしていかに共感性を延ばせるか、ということです。今の子どもたちは小学生ぐらいからスマートフォンを使い始めます。SNSも確かにコミュニケーションはできますが、それだけでは不十分です。なぜならSNSには文字の情報しかないからです。わたしたちは、仕草や声色や抑揚といったいろんな情報から相手が何を感じているかを理解しています。この時期は、その能力を育むために、バーチャルな交流ではなく、人間とたくさん触れ合うことが大切になります。親や先生、たくさんの友だちと交わって、たくさんコミュニケーションをするのが良いのです。

今わたしがお話したことは「脳の発達からいうとこの頃がベスト」というだけで「この時期を逃したら手遅れである」というわけではありません。脳はいくつになっても成長できるのです。何歳から何をやってもいい。「3歳から音楽をやるといい」といいましたが、3歳でないとダメ、その時期をすぎたらもう手遅れというわけではありません。15歳でも50歳でも大丈夫。80歳から英語をはじめたって構わないのです。では何が違うかというと、しかるべき時期に取り組むほうが短時間のトレーニングで済むということなのです。80歳から英語もできるのですけれど、かなり多くの時間がかかってしまう、ということなのですね。

他に、子どもの成長に大事なものはあるとお考えですか?

よく「神童」と呼ばれるような能力が高い子どもがいますね。そのまま成長する人もいますが、一方で「二十歳すぎればただの人」というように、その才能を伸ばせずに終わる人も大勢います。その違いはどこにあるのでしょうか。わたしはそのことにも興味があって、身の回りの人や出会った方々に子育てに関する質問もするのですが、能力の高い人たちの子育てには、ひとつの共通点があるように思います。それは、図鑑などで子どもが興味を持つと、実際のものに触れられるようにしているのです。昆虫や植物に興味を持てば野山に連れていく、魚に興味があれば一緒に川や海へ行く。これは「知的好奇心」を育むということなのですね。そして連れていく大人たち自身が実は「知的好奇心」を持っているのです。子どもは人が楽しんでいることを見て興味をもち自分も楽しくやりますし、大人が嫌々やっていることは子どもも嫌がります。

脳科学的には「ミラーニューロン」というのがあります。社会性に関わる脳の領域で、他者の動作や行動を見たときに自分もその動作をしているかのように反応する神経細胞です。共感細胞とか、物まね細胞ともいわれています。「学ぶは真似る」という言葉の通りで、話したり身体を動かしたりからコミュニケーションの取り方、相手の気持を理解することまで、人間が成長していくのはすべて模倣で覚えていくものなのです。だからこそ、楽しんで取り組む親の姿というのはとても大事なのですね。

そしてそれは、保護者だけでなく先生も同じなのです。詩を暗誦したり、歌を歌ったり、運動したり。先生が楽しんで活動していると、子どもたちも楽しんでやりますよ。同じように、園の友だちがみんな楽しそうなら、自分も楽しく取り組むはず。そうすることで、子どもたちの能力はうんと伸びるでしょう。

わたしの家は教師一家で、両親も兄も従兄弟もみんな教師をしています。先生は人を伸ばすけれど自分は伸びないので楽しくない、と思って私は医師や研究者になったのですが、研究を進めれば進めるほど、「行き着くところは教育だ」と思うようになりました。自分がどうこうではなく、次の世代をいかに伸ばすか、ということが大事なのです。

最近では暴力やネグレクトなど、保護者による虐待も多いと聞きます。さきほど「0歳児のときに愛着行為があると精神が安定する」といいましたが、脳はいくつになっても変化し成長しますので、いくつでも遅いということはありません。もし園にそういう子たちがいたら、たくさんの愛情を注いであげてください。保護者の愛情だけでなく先生の愛情も必ず子どもたちの支えになり、脳も成長していくでしょう。

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