なぜ、もくひょうカレンダーなのか。 自ら生活をつくり上げていくプロセス。

■子どもは「しつけられる」存在か
各地の総幼研園の見学に伺うと、大抵の保育室の正面にしつけカレンダーが掲げられている光景に出会います。毎月の標語が日課の中に取り上げられて、子どもや先生の生活目標となって共有されていく。園児が唱える声は、まさに習慣を刻む誓いともいえます。
この総幼研定番ともいえる「しつけカレンダー」が、このたび全面的に改訂となって、新たに「もくひょうカレンダー」として生まれ変わりました。令和8年度版の見本がすでにお手元に届いているころでしょう。これを機に、一部の標語も見直されました。
さて、なぜ長年定着してきた「しつけカレンダー」が改名となったのか、あえて「しつけ」から、「もくひょう」としたのか、その基本的な問いについて述べておきましょう。
「しつけ」ということばは、園でも家庭でも、日本の保育文脈においてたいせつにされてきたことばです。しかし、現代の保育価値から見ると、大人から子どもへの一方向的な働きかけというニュアンスが透けて見えます。果たして、子どもは、「しつけられる」存在なのでしょうか。
近年の幼児教育研究や園内観察から明らかになってきたのは、子どもは受動的に「しつけられる」のではなく、自分の行動を整理し、見通しをもち、試行錯誤しながら生活を組み立てる主体である、という知見です。つまり、子どもは日々の生活の中で、すでに「自ら目標を立てようとする発達段階」にあるのであって、今日的な観点からいえば「しつけ」ということばには、いささかの押し付け、強制のニュアンスが否めないのではないでしょうか(ちなみにこのたびの改訂にあたっては、事前に全会員園の園長先生方を対象としたアンケートも取りました。半数の先生方がこの見解に共鳴していただいたと理解しています)。

■内的対話を促すツール
新しい標語もそうです。上記のような子どもの姿に対応するため、全て「子どもが主語」の表現へ改めました。
一つひとつ挙げませんが、「〜しよう」という短い文は、子ども自身の行動企図(自分がどう行動したいかという内的計画)を促す形式となっており、単なる行動の指示を超えて、「内発的動機づけ」を引き出す効果があります。また、先生が読み上げるだけでなく、子ども自身が声に出して読むことで、目標が「自分のことば」として再構成される点にも大きな価値があります。ことばが声となって、身体化され、習慣となっていくのです。
名称を「もくひょうカレンダー」とした背景には、こうした子どもの主体性の発達過程を促すねらいがあります。
目標という概念は、幼児の自己調整力やメタ認知の基礎と深くかかわっています。「今日はこれをがんばる」「昨日よりできた」という小さな振り返りの積み重ねは、子どもにとって行動の意味を再確認するいとなみであり、やがて生活リズムや対人行動の一貫性へとつながります。カレンダーはその日々の「内的対話」を媒介するツールとして重要な役割を持っているのです。
もちろん今回の改訂は、しつけ本来の意義を否定するものではありません。しつけを「大人が施すもの」と捉えるのではなく、子どもが「自ら生活をつくり上げていくプロセス」として再定義した点に最大の意味があります。言い換えれば、大人の視点から行動を整えるカレンダーから、子どもの内的発達を支える「生活のデザインツール」へと、役割が大きく変わったといえましょう。
明けて4月、「いつもいきいき元気な子」を唱える声が、総幼研全園、全クラスでいきいきと響くことを、心の中で願っています。