教育が目指す本当の幸福とは。

新たな門出を祝う入園式シーズンを迎えました。見事に染まった桜の木の下で、きれいに着飾ったお父さん、お母さんと家族そろって、記念撮影。もし家族についての映画を編集するとしたら、今日の出来事は間違いなく幸福のワンシーンとして永久に記録されることでしょう。
ところで家族が幸せであるということは、どういうことでしょうか。もちろん家族旅行や遊園地も、家族どうしの幸福を感じる時でしょう。それ相応の出費も必要となりますが、どの写真もみんな幸せそうに笑っている。もちろん、そういう家族イベントも結構なのですが、忘れてはならないのは、子どもが育つよろこびとは、お金の多寡とは別に、人間社会のだいじな公正性に基づいていなくてはならないということです。本当の教育はお金では意のままにならないのです。
家族とは私的な共同体です。何事も親(大人)の価値観が勝りますから、当然わが子への信頼や愛情も濃密となります。一方それだけでは、子どもは人間として育たない。園という公的な共同体の中でもまれながら、社会への共感や信頼を育まなくてはなりません。子どもは、そういう私的な世界と公的な世界を行き交いながら、成長していくものだと思います。
公正性とは「みんなにとって正しいこと」です。これは親が勝手に決めることはできない。園の理念や教育方針を引き当てながら、それぞれの学年やクラスに応じてていねいに編み出されていくものです。この公正性はやがて集団生活のルールとなり、目標となります。どこにも依怙贔屓(えこひいき)やわがままはない。だから、みんなが同じ目標に向かって、ともに切磋琢磨することができます。誰かが幸福であるが、誰かが不幸であってはならないのです。それが教育の目指す、本当の幸福のありようだと思います。
私は園の先生に、「なぜあなた方は、『先生』と呼ばれるのか、考えてみてほしい」と尋ねることがあります。年齢も経験も若い人たちが、「先生」の敬称を授かるのは、あなたが、その公正性を具現するにふさわしいと思われているからだと。また、子どもにとって何が幸福なのか、そのことをたゆまず考え続ける人だからとも言います。
よろこびの春。そして、家庭の子から社会の子へと歩み出す日。それは見た目は小さな一歩だけど、子どもにとって生涯最大の一歩であると思います。

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