子どもの当たり前を全身でほめる。

入園児を迎え、順調に新年度がスタートしました。晴れ渡ったお空のように、気持ちのいい日々を過ごしています。それにしても入園児にとってはまったく新しい環境となって、期待に胸踊るというより、不安な気持ちのほうが大きかったのではないでしょうか。それでも、玄関でお母さんとバイバイをして、自分で廊下を踏みしめて教室へと歩んでいく子どもたちの姿は頼もしくもあります。がんばれ!と声をかけたくなります。

教室で真っ先に子どもを迎えるのは、担任の先生です。
「おはよう!今日は泣かないで来てくれたんやね。先生、うれしい」
「おはよう!今日は笑顔で来てくれたんやね。先生、うれしい」
「おはよう!今日はしっかり一人で歩いてきたね、先生、うれしい」
先生のほめ言葉は二つとして同じ内容がありません。日々子どものようすをよく観察している。そして、子どものある姿をそのまま、心から感嘆するようにほめています。
子どもをほめて育てるたいせつさは、家庭も園も同じであって、ほめられた子どもの将来の社会適応力の高さについては、科学的にも実証されています。
ですが、その際に心得ておきたいことがあります。それが、さっきの担任の先生のほめ言葉の通り、「子どもの事実」をそのままほめるということです。
ほめる、ということは評価ではありません。上の学校に行けば、成績がよいからほめられることもあるでしょうが、幼児期の間、ほめる対象は普通のことです。「普通であることが立派だ」とほめるのです。朝、バスに乗る。園に着いて先生にご挨拶をする。廊下を歩く。自分で靴を脱ぐ。上着を脱ぐ…どれも普通のことですが、それを欠かさず毎日つとめていることが、すばらしいのです。

「何かができるから」ほめるのであれば、それは評価であると同時に期待になります。大人の期待は時として、子どもへのおだてになったり、押しつけになることもあります。 いまはただ事実をほめる、できれば昨日とは少しでも違うところを見つけてほめてあげれば十分なのです。そのためにも、たえず子どもに関心を払い、ほめるべき普通の長所を探し出すよう努めなければなりません。

人間は誰もが自分自身の存在価値を認めてほしいものです。子どもはほめられることで、「自分は愛されている」という強い自己肯定感につながります。まずは今日も元気に通って行ったことを、そして帰ってきたら、よく励んできたことを全身笑顔でほめてあげてほしいのです。

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