身体に根ざした協同性とは。日本保育学会で発表しました。

「身体の協同性に根ざした幼児教育」というちょっと難しいタイトルの自主シンポジウムは、大阪総合保育大学の弘田陽介先生が企画、私とあとふたりの若い研究者、東京電気大学の福富信也先生、国際知的財産研究機構の柳澤弘樹先生らと4人で語り合いました。
 学会全体には2千人以上の参加があるのですが、多くのプログラムが並行して行われているので、どれだけの参加者があるか不安もあったのですが、想像を超える40名余りの聴講者があり、関心の高さがうかがえました。
 じつは弘田先生には2年前から、また福富先生、柳澤先生にもパドマ幼稚園の観察や実験に立ち会っていただいており、いわばこのたびの発表はパドマ幼稚園での総幼研教育を題材としたもの。短い紙幅ではその全体を要約することはむずかしいのですが、総幼研の実践を理論的に分析する画期的な場となりました。

 協同と共同、あるいは協働、それぞれ意味が違います。詳細は省きますが、協同とは「共同性を基にして、言語や活動によって育まれる、ある方向性を目指すような協同関係」をいい、「身体と身体」「身体と環境」のつながりの変化によって、個体も変化していくような作用をいいます。総幼研流に言えば、集団の活力によって個が育つのだし、「ひとりではできないことも、みんなとならできるようになる」のです。

 私がいちばん共感したのは、弘田先生のつぎのようなコメントでした。
「個体としての身体は、絶えず評価にさらされ、異常より正常、病気より健康、劣等より優等がよいとされる。しかし、協同性の身体とはそのような二項対立ではない、集団と個の両義的な形態を言う。幼児期の協同性とは、それまでの0歳~2歳の受動的な関係(共同)と小学校以降のグループ活動(協働)の橋渡しになるようなものではないか」

 何につけても個が強調される現代です。自立とか主体性とか、もちろん大切なものですが、それは個が個のまま獲得していくものではない。体育ローテーションや日課活動がそうであるように、仲間集団の協同の中にあって、体ごと励み、体ごと打ち込むことで、かえって個としての存在を増してゆく。そのことを改めて認識したのでした。

 学会という権威に頼むつもりはありませんが、こうした公共的な場で若い研究者によって当園の実践が取り上げられ、将来へ大きな観点を投げかけてくれたことは、とても大きな収穫だと思うのです。

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