学力以前。幼児教育の目的は「意欲」を引き出すこと。

 選挙突入となりました。現首相は教育改革に熱心で、それは結構なのですが、時々あっと驚くようなことが「諮問」されたりします。教育再生実行会議が7月に提言した改革案のひとつが、「5歳児年長児の義務教育化」、小1のカリキュラムを前倒して、現在の小1プロブレムを解消するのが目的だというのです。

 そもそも大きな勘違いがあるのですが、幼児教育は小学校教育の準備期間ではありません。就学前の準備はあっても、生まれて3年、保育園であれば6年という時間をかけて育んでいるものは「学力」「勉強」ではありません。
 小学校には、教科があり、教科書があります。成績の評価もあります。教育は結局個人の能力を発達させることですが、そのシステムがすでに小学校には整備されている。ですから当然集団より個人を重視するし、より評価性を確実にするために論理とか理路を求めます。
 しかし、幼児教育はもっと感覚的なものです。理屈ではない。人間のいちばん基本にあるきらきらした感性のようなもの、面白そう!やってみたい!がんばるぞ!というような興味、関心、共感、意欲、それらを個人ではなく、ともに響きあう仲間(集団)関係を通して引き出すことを、亡き会長は「生きる力」といって尊んだのでした。その大事を見過ごして、個別の小1カリキュラムを当てはめることなど愚策としかいいようがありません。

 過日経済協力開発機構(OECD)による国際学習到達度調査(PISA )の上位国関係者による国際シンポジウムが東京で開催されました。日本、フィンランド、中国、韓国、シンガポールといった上位常連国の議論の中で、話題となったのは、「日本の子どもの学習への関心の低さ」でした。勉強はできるが、やる気がない。点数は上がっている、将来には希望が見いだせない。点数以上に深刻な問題は、子どもたちの意欲の低さだというのです(読売新聞11/29)。
 時代とともに、求められる学力観は変わっていきます。知識の詰め込みの時代は終わって、現代は能力を引き出す教育に転換している。子どもの自発性とか主体性もたいせつです。そういう基礎基本をじっくり育てることが、幼児教育の存在理由なのだと思います。

 当会の教育は、すべて幼児の意欲形成を目的としています。体育ローテーションであっても、日課活動、音楽発表でも、すべてが仲間とともに充実感や一体感を満喫することがねらいとなっています。ともによろこび、ともにはげみ、ともに生きる。そこに「生きる力」という根源的な意欲が育まれるのです。

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