■ 響き合う「声の力」
サッカーのワールドカップの試合を見ていると、選手の力を引き出しているのは、技術や戦術だけではないことに気づかされます。スタジアムいっぱいに響く声援。国を越え、ことばを越えて、人々の声がひとつの大きなうねりとなり、選手の背中を押していく。その声の力に、私たちは思わず心を奮い立たされます。
声には、目に見えない力があります。ひとりの声もたいせつですが、仲間と共に声を合わせた時、そこにはひとりでは生まれない大きな力が立ち上がります。応援の声、励ましの声、呼びかける声。声は、人の心だけでなく、身体までも目覚めさせます。声を出すと、自然と背筋が伸び、目が前を向き、心の内側に力が満ちてくる。声とは、単なる音ではなく、人が自分を立ち上げるための根源的な働きなのです。
総幼研がたいせつにしてきた教育にも、この「声の力」が深く息づいています。その中心にあるのが毎日の日課です。子どもたちは日課の中で、歌い、唱え、詩を読み、受け継がれてきた豊かなことばを声にしていきます。それは、ただ大きな声を出せばよいということではありません。ことばのリズムや抑揚、メリハリの心地よさを全身で体感し、声を出すことを通して、身体が整い、呼吸が深まり、心が活動へ向かっていく。声によって、いきいきとした身体感覚が目覚めていくのです。
さらにたいせつなのは、その声がひとりだけの声ではないということです。教室には、友だちや先生の声があります。自分の声が周りの声と重なり、響き合う時、子どもたちは「自分はここにいる」「みんなと一緒にいる」という感覚を理屈ではなく身体で覚えていきます。声を合わせることは、集団に埋もれることではありません。仲間の声に支えられながら、自分の声を安心して出していく経験を通して、個と集団の力を互いに高め合っていくのです。ひとつの多声的教育(ポリフォニック・エデュケーション)といっていいでしょう。

■「声」が届く環境
幼児期の子どもにとって、「声を出せる」ということはとてもたいせつです。自分の声が届く。誰かが聞いてくれる。受け止めてくれる。先生や友だちと共感・共鳴・共体験を重ねる経験が、他者への信頼感や「自分はここにいていい」という安心感につながります。そして、それらの安心感があるからこそ、子どもはやがて自分の思いや考えをことばにしていくことができるのです。
ワールドカップの声援が選手を奮い立たせるように、子どもたちもまた、仲間の声に励まされ、支えられながら、自分の力を発揮していきます。日課とは、単なる毎日の反復ではありません。「動きとことばとリズム」溢れる豊かな活動の中で、声を通して身体を整え、心を開き、仲間と響き合う、幼児期ならではの豊かな学びなのです。
保育室に響く子どもたちの声には、未来へ向かう力があります。その声の群れの中で、一人ひとりの子どもが、自分の声を持ち、仲間と共に生きる喜びを感じていく。その日々の積み重ねを、私たちはたいせつに見守っていきたいと思います。





