内なる輝きがあって、ゆたかな表現を発現する。

3学期ともなると、1年間の集大成の行事を催される園も多いことでしょう。大規模な音楽発表会もその一つかもしれません。
音楽発表会のねらいは、それぞれの学年、それぞれの子どもにとってのゆたかな表現力でしょう。日々の保育の積み重ねの晴れ舞台でもあるのですが、見誤ってはいけないのは、幼児教育は表現だけが成果目標ではないということです。私は、このゆたかな表現の下絵になっている子どもたちの「存在感」こそ、1年間の成果と呼ぶにふさわしいものだと思います。
「存在感」とは、難しい言葉ですが、あるべき人があるべき所にあるべきようにいる、存在している、ということです。わかりやすくいえば、その子らしい「輝き」にあふれているということです。
「あの人は輝いている」という言い方をしますが、「輝き」とは何かの能力として指すものではありません。「輝き」について試験があるわけでもない。時間を経れば誰にでも身につく、というものでもありません。それこそ毎日の園生活の積み重ね、、お友だちと、先生と、日々精励してきた賜物と、ご家庭でお父さん、お母さんやご家族のみなさんから届けてくださった親しみや暖かさ、そういったものをすべてエネルギーの源として「輝き」がにじみ出てくるのだと思います。
子どもにも人生があります。大人同様に、よろこびやたのしみや、時にはつらい思いもあったかもしれない。しかし、そういうものすべてを自分の人格に織り込みながら、「いまここに生きている」という子ども一人ひとりの「輝き」「存在感」を形作ってきたと思います。
とりわけ小さな子どもたちの表現というものは、小手先のテクニックで演じられるものではありません。子どもの内なる充実、「輝き」があって、それが外へと表出されることで、見事な歌や合奏となります。表現があるから輝いているというよりも、内なる「輝き」があって、自ずと表現へと発現されていくのです。
それはまた、人生の途上にあって、しばしば「輝き」を見失いがちな私たち大人に、大きな気づきと励みを授けてくれていると思います。

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