声と身体。教室こそ共振する場。

 当会の保育の特徴のひとつは、子どもたちの声です。うただけでなく、音読、素読、暗誦、数唱、ほとんど場面で声が前面に出る。活力のある声です。

 かつて教育学者の齋藤孝さんがパドマ幼稚園の子どもの声を称して「ホースに息が通る」と表現しましたが言い得て妙です。たとえれば、子どもの身体はホースのような通孔器官だが、そこへすごい水圧をかければホースが自立するように、声によって子どもの身体感覚は覚醒する。背筋が伸びるし、顎が上がる。目は正面を向き、意志がみなぎる。声は声だけでなく、子どもの身体すべてを調節しているといってもよいでしょう。

 そのための発声とか呼吸という話もありますが、重要なことは、子どもたちの声は単独ではない。ひとりの声ではないという点です。集団によってはじめて立ち上がる声。ギリシア悲劇にコロスという群衆が登場しますが、彼らの群読は集団の人格性を帯びる。それに似ています。先生が「はい、一斉に声を揃えましょう」ではない、一人ひとりの声がひとつの方向性をもって連鎖していく、共振していくところが特異な点だといえます。

 共振現象については有名な実験があります。宙ぶらりんの鉄板の上にメトロノームを100個置いて、銘々に作動を始めると当初はバラバラだが、数分もすると百個の動きは共振して一致します。土台の微妙な揺らぎに、メトロノームが共振していくのです。
 子どもの身体も一つひとつは脆弱な身体かもしれない。しかし、そこに宙ぶらりんの鉄板にあたる「場」があれば、そこへ身体が共振していく。その手だてが声なのです。

 本来バラバラであるはずの声を共振させる「場」とは何か。その「場」の条件は何か。そこで「動き・ことば・リズム」という3つの原理が現れるのですが、ここではそれは深くふれません。当会創設者の故・秋田光茂はそれを別の言葉で「生命リズム」ともいっていましたが、それは教師が押しつけたり、強制して身に付くものではない。子どもが子ども集団の中で自発的に選び出したひとつの協同体験だと考えています。

 やらせるのではなく、子ども自らやりたくなるような、言い換えれば人間の生命リズムに自律するような、そういう好ましい環境をどう育むのか、共振する場としての教室をいかにつくりだすのか。教師の役割は甚だ大きいと言わざるを得ない、と思うのです。

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