幼児教育と一汁一菜。変らぬ基本を育もう。

少し遅れてしまいましたが、新年あけましておめでとうございます。暖かなお正月三ヶ日でしたが、一転して寒中の日々が続きます。

今年は、「変化」「転機」「改革」の年…いえ、政治の話ではありません。2020年の教育改革に向けて、周囲の声がかまびすしく聞こえてきます。

もちろんアクティブラーニングや新しい学力観については、私も目を凝らしていきたいのですが、近頃幼児教育の分野でも遅れをとるな、と、新奇な趣向が目につくのは気のせいでしょうか。たとえば、幼児の英語の重要性は承知していますが、それ以上に日本語がたいせつなことはいうまでもないでしょう。

くり返し申し上げてきたことですが、幼児の本分は「勉強」ではなく「あそび」です。生活場面において、様々な体験(あそび)を通して、まず人間としての基礎・基盤を形成していきます。日本語の言語感覚を国語の勉強としてではなく、生活体験を通して自分の身体に刻んでいくのです。園はそのための教育機関であって、世の風潮に便乗したり、ましてや煽動したりするものではありません。幼児教育の眼目は、いつも変らぬ基本を育むことなのです。

料理研究家の土井善晴さんが著書「一汁一菜でよいという提案」でこう述べています。

「和食の真髄は一汁一菜という、高度成長以前の家庭料理の伝統的なスタイルの中にこそある」
「昔はごちそうは特別な日に限られていた。今はプロの料理人たちが、テレビの前で披露する『仕事』が日常の理想と誤解され、混乱している」
「特別と日常のケジメがないから無理が出る。外食が増え、基本無視、季節無視の手抜きに流れ、食の崩壊を招いた。簡単で健康な日常を取り戻そう」

そして、土井さんは「和食を初期化することで、(母親たちが)ストレスにならない持続可能な家庭料理を取り戻せる」とまとめています(読売新聞1月9日付)。

幼児教育と和食を同じにしてはおかしいかもしれませんが、新しいもの、珍しいもの、手が込んだもの、時間をかけたものと、際限なく期待が(欲求が?)広がって、結果基本が置き去りにされているのだとしたら、状況はあまり違わないといえないでしょうか。いずれの場合もそこには、親の意識や考え方が反映されます。

この一年、遠くには教育改革へのまなざしをしっかり向けながら、近くには日々の基本をじっくりと積み上げていく。遊ぶこと、食べること、友だちと話したり動いたり歌ったりすること。それが、幼児が生きることの基本に違いありません。

幼児教育もまた一汁一菜。世事に流されず、やるべきことを見定め、堅実に幼児教育の王道を歩んでいきたいものです。今年もよろしくお願いいたします。

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