おかげに感謝する。日本人メダリストが教えてくれた「他力の心」

この夏、ロンドンオリンピックに日本中が熱狂しました。まずは多くの日本人選手の活躍に拍手を送りたい。続くパラリンピックの選手たちの健闘を期待しましょう。

そのオリンピックで気がついたことがあります。勝利インタビューに臨んだメダリストたちは、異口同音に「自分一人の力ではない。皆さんのおかげ」と述べました。勝者なのだから喜びを爆発させてもよさそうなものだが、真っ先にこれまで支えてくれたすべての人に感謝のコメントを送ります。相手は家族であり、恩師であり、コーチや同僚であり…いや、特定の誰かというより、選手を今日まで育んでくれたすべての恵みに対し改めて謝意を表します。勝者は、常に努力と感謝を忘れない。そのことは、テレビを観ていた多くの子供たちに、貴重な学びの糧となったのではないでしょうか。

欧米人ならどうなのでしょう。個人の契約を旨とする彼らは、神には感謝しても、「皆さんのおかげ」と公言するのでしょうか。監督やコーチなど感謝の対象はあっても、日本人のそれとはニュアンスがだいぶ異なります。われわれが言う「皆さん」とは、曖昧かつ不特定多数を含む、つまり「他力」なのです。

私以外のすべての存在に対し、「おかげ」を意識する。つまり、それは私という存在が独立自存した存在ではなく、周囲との関係性によって生かされていることを無意識に自覚しているということなのです。だから「おかげ」とは自我を超えており、また畏怖すべきものでもある。一流のアスリートは、競うのは自分の能力でありながら、自分を超えさせる何かがあると気づいているのです。
そういう他力感覚が、メダリストの自然な言葉から零れ出る。それを並みの謙虚さと混同してはならない、と思います。

何事も自己が尊重され、自分本位がもてはやされる風潮です。そのことに異論を唱えるつもりはありませんが、個人能力の極致のようなメダリストが述べる「おかげさま」が、日本人の「他力の心」を宿していることを忘れてはならない、と思います。

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