耐えずにうまく
調整し続けることが
力になる

2019年5月公開

園田学園女子大学人間健康学部教授
株式会社CORAZON チーフコンサルタント
荒木香織さんに聞く

いまでもラグビーの一般的なイメージは、フィジカル(身体的な)面の強者が順当に勝ち進める可能性が高いスポーツという印象が根強いのではないでしょうか。しかし2015年、その常識が大きく覆されることになったのです。イングランドで開催されたラグビーワールドカップで、日本は優勝候補の南アフリカに勝利を収めました。当時、五郎丸歩選手やリーチ・マイケル選手など、皆さんもテレビなどでご覧になったことと思います。その日本代表のメンタルコーチとして4シーズン携わった荒木香織さんは、スポーツ界におけるフィジカルだけでない、メンタル(心理的な)面の重要性を説かれ、現在も園田学園女子大学の教授として、次世代の専門家育成に注力し、ご活躍されています。

日本では、まだまだ馴染みの少ないメンタルコーチとは一体どんなお仕事なのでしょう。ご自身の経験から、また、いまなお学び、研究を続けられている研究者としての荒木さんの「こえ」と「ことば」をお伺いいたしました。
株式会社CORAZONのホームページはコチラから

一般的に「コーチ」ということばを聞くとフィジカルのコーチのイメージがありますが、その中でもスポーツ心理学を学び、メンタルのコーチ(コンサルタント)を目指されたのはなぜでしょうか。

あまり公にしていませんが、もともと陸上競技をしていたんです。生まれ育った京都で、100、200メートルの高校の新記録とか、京都歴代の社会人も合わせた記録をもっていたりします。中学生の時は小さかったけど負け知らず。必ず全国レベルの試合に出ていくような子でした。

当時は、陸上界の女性選手はマラソンを除いて、たとえ日本記録を出したとしてもオリンピックに出場できるほどのレベルには達していませんでした。でも、いずれ女性は世界で戦えるといった女性アスリートへの期待はどこかにあったように思います。また大学でも陸上を続けていて、そこには日本記録を持つ男性アスリートがいました。その頃は、この人と同じ練習をしているにもかかわらず、自分との差が生まれてくるのはどうしてだろうという思いがありました。次に走る準備をしながらその背中を見つめ、いつも不思議だなと。「同じ鍛え方なのに……、なら見えない食事や心、背の高さといった身体が原因かな」と考えていました。

ちなみにアスリートは持ってうまれたものには負い目はなく、持っているものでなんとかしようと考えるので、最終的に気持ちや心だろうな(メンタル面)と、なんとなく肌で感じていたように思います。しかし、実際は何の知識もありませんでしたし、フィジカルにおいてすら我流の時代。有名な選手がこうしていたから真似をするといった科学的な根拠が全くないものばかりでした。

ですから、心の面はもっとひどくて「根性が足りない」「なにくそという気持ちがない」などのことばばかり。「なにくそ」という気持ちがどこから生まれてきて、どのように選手の成長につながるのか誰も教えてくれないし、とにかくスポーツに関することを学びたくても情報が乏しかった。そんな現役時代の思いが悶々とありました。それに、スポーツ心理学は当時、日本になくアメリカでしか学べなかったんです。そこで、まずは語学学校に行ってから学びました。ですから、メンタルの専門家になりたいとかではなく、自分の経験を通して「何だろう」と抱えていた気持ちの後押しから学びはじめたというような流れですね。

世界に比べ、日本ではスポーツや企業において、未だにメンタルの学問的知識の理解が少なく、軽視される印象があります。

スポーツに限ると「東洋の魔女」(1964年東京オリンピックで金メダルを取った女子バレーボールチームの愛称)が、かなり厳しい反復練習で金メダルの結果を出したこと、また「巨人の星」「アタックNO.1」などの影響から、現実でも漫画の世界でも、熱血指導でくり返せば必ず結果が出るから、我慢して耐えてやりぬけというようなイメージが根付いていたのかもしれません。私も選手時代、「足が痛いのは、走ったらなおる」といわれたこともあります。欧米ではその当時から根拠に基づいたトレーニングをはじめられていたので、そこですでに差がつきましたね。
また日本は指導者が学びたいと思った時に読める本や研修会が非常に少ないと感じます。たとえすばらしい選手であったとしても、次の日から監督になれるかといえばそれは別もので、指導者としての教育も必要です。選手と指導者は違うという認識が低い日本にとって、人を育てるシステム作りが課題ではないかと思います。

これは企業でも共通していますね。任務を果せても上司が期待する内容ができなかったら叱られる。でも、できるように育てたのかと疑問が残ります。叱ること自体が悪いのではありません。ただ「自主性」ということばを使い「放置すること」と間違っている場合があります。ですから、メンタルの学問的理解という面でも、人をはぐくむ環境や育成システムづくりはあらゆる場面においてたいせつだと思います。

育成の際、アドバイスひとつでも状況がかわってくるように思います。タイミングをはじめ、同じことばをかけるにしてもどの段階でかけたらよいでしょうか。

まず基準を明確にしてあげれば、達しているかどうかがわかりやすいと思います。たとえば、学生にコピーを頼む際も何を基準にしてほしいのかを伝えるようにしています。まっすぐコピーをとるとか、A4をB5にするなど、明確な基準があればクリアしたかどうか、きちんと結果をいって判断することができます。

してはいけないことは「これは使えないからやり直し」といった漠然とした注意です。何が必要かを伝え、何度かくり返せば基準は学生同士でも共有され、周りのみんなもできていくようになります。はじめは時間がかかりますが、基準が明確であればほめられた意味もわかってくるし、達していない時はそのレベルまで引き上げていける。段階的な基準を設けて、できたらほめるの積み重ね。それによって、次はこれをしよう、あれをしようといった自主性につながって、自らも考え出すのではないでしょうか。

「プレ・パフォーマンス・ルーティン」や「ポスト・パフォーマンス・ルーティン」といったように、すぐの結果を求めないメンタルトレーニング。それを続けるうまく挑戦し続けるチカラ(レジリエンス)についてお聞かせいただけますか。

ぼんやりとした表現かもしれませんが「できる・できない」ではなく、きっと「どれだけうまくいったか・いかないか」だと思います。白黒はっきりさせると「心」が凹んでしまうことも多くなるので、どれだけできたかな、ここはもうちょっとできるかな、をくり返す。忍耐力ということばを使いがちですが、「耐えなくてもうまくいく」そんな工夫ができるようになれば自然と、よりやりたくなっていきます。(ラグビー日本代表の)五郎丸歩選手は「ちょっとこれ見て」とか「こうしたらどうだろう」と前向きな相談を、よく私にしてくれました。

ですから、選手がどれだけ「耐えることをなくせるか」が、私たちメンタルコーチの仕事ですね。「耐えるのではなく、うまく調整し続けているプロセス」であり、うまくできないときに「いまどうすればよいか」「その中でもできていることは何か」を考えること。それらができるようになれば、先に向かってどこまででもいってくれる、そんな気がしています。

荒木先生がこれまでメンタルコーチをされていて、個人的に印象に残ったエピソードなどはありますか。

ありすぎます(笑)。悩みますが、今回、メンタルコーチとして参加できてよかったなと感じたエピソードをひとつあげますね。実はラグビーのメンタルコーチをしている際、日本代表は31名でしたが、代表合宿の時点では80名の選手がいました。つまり50名近くが落選する世界なんです。

その中で、特にボーダーラインにいながら、ぎりぎり代表に選ばれなかった選手たちとのかかわりが印象に残っています。私たちメンタルコーチというのは、選手の能力を伸ばす手助けをするのが仕事です。ですが、落選した選手が、その事実を何年後かに笑って話せる状態に持っていける、そんな長い目で見たケアの重要性というものを、改めて実感しました。当時、ずっと寄り添って話をしましたし、いまでも誇りを持ってラクビーを続けている彼らの姿を見ると、ほんとうに安心しますね。あの頃を振り返り、現在も彼らに「あの時に話せてよかった」といってもらうたび、この仕事を引き受けてよかったなと思います。

スポーツというと成功にばかり目を向けがちですが、スポーツ心理学におけるプロセスの観点からボーダーラインにいる人たちの存在は、非常にたいせつだと感じます。

荒木先生から幼児期にかかわる保育の先生方へ、さいごにメッセージをいただけないでしょうか。

いま、大学で「女性と社会」という授業をしていますが、学生に発表してもらうと男性の理解と女性の理解、また社会における認識のちがいなど、様々な意見が出ています。私も、育児をしながら働いていますが、たいへんですね。この間も会議の際に18時開始といわれ「保育園に迎えに行けないから」と説明し、8時半からにしてもらいました。もともと男性中心で作り上げられた社会のしくみのままで、育児をしながらの女性が働き続けることは難しい部分があると思います。

どんな事象でもいえますが、たとえ当たり前のことでも理由をちゃんと説明し、勇気をもって少しずつ理解し合うことがたいせつです。少しずつでも発信していけば、かわっていくと思います。つまり、先生方にも、伝え合い理解し合い、自分らしく働いてほしいですね。

最後に、「折れないこころ」などといったキャッチコピーを見かけることがありますが、私から見れば、折れてもいいし、負けてもいいし、耐えなくていいと思っています。心折れたからこそ、わかることもあり、過ごし方をかえ、うまく乗り越えていくこころをつくっていける。その経験こそが次の自分を培っていくものです。

ですから、皆さんはたくさん折れてください(笑)。もちろん、それは次への準備期間であって、いま、うまくできなくても経験することよって、3年後でも5年後でもいいので同じ状況になった時にうまくいけばいい。病んでしまうまで我慢して、取り返しがつかないのはよくないので、はやい段階で折れて何度も戻ってきてください。

ありがとうございました。

Pick UP

コラム・レポート

  1. 2021.01.6

    年始のご挨拶
  2. 2020.12.25

    年末のご挨拶
PAGE TOP